<<第7章 失ってから気づいた存在>>
4月20日、毎日面会に来ていた母が時間になっても来ない。
「遅いなぁ」と思いながら待っていた。
何かあったのだろうと思い始めていた。
その時に不思議な現象が起きた。
心臓の動悸が収まらず、早く寝ようと思い布団に横になるが、全然眠れない。
凄い多くの視線を感じるのだ。
体の向きを変えても、背中をずっと見られているような感覚。目玉が50個くらいついている怪獣に。 今思えばただの被害妄想だったのか、 父が死んだこ とが伝わってきた科学では説明できない霊的な現象だったのか。
それから1時間くらいしてから、喪服を着た母と妹が暗い表情で、 俺の部屋の前に来た。
俺はその時悟ってしまった。
-父が死んだ-
4月19日午後2:52に父は息を引き取った。
それを聞いた俺は泣き出し、看護師に不穏時に飲む薬を要求し、早速飲んだ。
飲んですぐ効くわけもないのに、 暗示というやつなのか、少し落ち着いた。
葬儀場までの車の中、 俺は落ち着いて泣いた。
葬儀場に着き父の顔を拝むと、 また今度は今まで溜 め込んでいたもの全てを吐き出すように大泣きした。 2時間くらい泣き続け、 箱ティッシュを全て使った。
親族の待合室みたいなところで、父方のじいちゃん
と父の兄弟2人とその子供が来ていた。
俺はこのとき、 父が死んだショックからなのか、隔 離室に閉じ込められて精神崩壊していたからなのか、 喋ることができなかった。
口からは
「うぅーうぅーうぅー」
しか出ず、この辛さを伝えることもできないし、どうすることもできなかった。
その日は眠剤を飲み、いつの間にか寝ていた。
次の日の4月21日葬式当日。
俺は母にスーツを着せてもらい、 おじさんにヒゲを剃ってもらった。
そして式は始まる。
俺は涙ぐみながら、 お経を聞き、途中で遺族の挨拶があった。
母と妹と俺で前に出て、母が別れの挨拶を読む。
3人とも目にハンカチを当て、涙を拭いた。
途中で、母方のじいちゃんのズボンのチャックが開いていることに気づき、親族が座っているエリアで笑いが起きた。
母方のじいちゃんはこういう式典で何かしらやらかす生きた伝説みたいな人だった。
最後に父の好きだった長渕剛の 「乾杯」 が流れた。
火葬場に移動になり、父の入った棺桶に火が入れられた。
火葬が終わるまで1時間くらいあったので、 昼飯を食うことになった。
俺はこの時には、 少し会話ができるようになり、笑えるようにもなっていた。
お菓子を食べたり、喋ったりしていると、その時間が来た。
父は炉から出てきたときは、面影もなくただの白い 塊が体の大きさを表していた。
もう父の顔を見ることは一生できないと思うと悲しくなり、また涙が出た。