<第8章 不幸中の不幸>>
葬儀も全て終わり実家に帰り、母は俺をまた病院に連れて行こうとする。
俺は
「ゆっくりしてからでいいじゃん」
みたいなこと言ったけど母は
「早く」
というので、いやいや車に乗った。
病院に着くと「帰ってきたくないところに帰ってきてしまった」と思った。
俺はこれから、不幸中の不幸、 どん底のどん底を味わうことになる。
さっそく俺の現在の家、 隔離室に戻ってきた。
寝て食って、 息して、イライラしたら割れもしない強化ガラスの窓を足で蹴るみたいな生活だ。
なんだかんだで時は過ぎ、俺は普通病室に移された。
ランクアップしたのだ。
最初は1人部屋で、 次に4人部屋と徐々に段階を踏んだ。
俺が入院していた病棟は急性期病棟と言われ、短期 間そこに入院し、 長期入院が必要なのか、 そのまま 退院できるのか見極める病棟だった。
そのため、若い患者が多く楽しかった。
薬物中毒の人やリストカットのあとがある人など色 んな人がいたが、 皆明るかった。
ある日俺は、「俺は病気じゃないから薬は必要ない んじゃないか」と思い、一日分の薬を吐き出して飲 まずにいた。
そしたら、 夜一睡もできず、イライラしてきた。
イライラしている俺を見て、 隣のベッドのおじさんは
「叫びたいときは叫んでいいんだよ」
と言われ、 俺は叫んだ
「ウォーーーー」
そしたら、看護師が飛んで駆けつけてきた。
「TNTさん大丈夫ですか?」
そうしたら担当医から
「隔離部屋に入ろうか」
と言われ、俺は再び隔離された。
隔離されたときは大声で裏声が出なくなるまで叫び倒した。
こっそり隔離室にボールペンを持ち込んで、壁に大 きく、「くそ医者。 くそ病院。 くそ看護師」と書き連 ねた。
そしてイライラしすぎて、母に買ってもらったラジ オを壁に投げつけ、破壊した。
ラジオの中の鋭利な部品で布団と枕を裂いて、部屋 中に撒き散らした。
結果、全身拘束を2日とケツに鎮静剤を注射された。
隔離部屋から、 閉鎖病棟の中の普通病室に移ったときは天国だった。
テレビも見れるし、スマホも1日30分を3回使える。
大人しくしている方が信頼度が上がって優待遇だった。
散歩と言う名の外出もあり、 院内と院外に分かれていて、院内でも看護師さん付添有り無しがあった。
今思えば全ての行動において、 制限されて不自由
だったが、社会の勉強になった。